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パリ事務所(クレア・パリ=CLAIR PARIS)は、日本の地方団体のフランスにおける共同窓口として、1990年10月に設置されました。

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フランス自転車新時代の幕開け~コロナ禍における自転車利用促進政策~

 フランスでは、約2か月間に及ぶ外出制限措置が5月11日から段階的に解除された。外出制限解除に伴う公共交通機関の混雑による感染拡大および自動車の利用増加による大気汚染の悪化を防止するため、フランス政府は大規模な自転車の利用促進策を打ち出した。感染リスクの回避や外出制限による運動不足の解消、環境志向など市民のニーズともマッチし、通勤等に自転車を利用する人が増えている。

  外出制限の解除に先立つ4月30日、フランス環境連帯移行省は、新型コロナウイルス対策として、自転車の修理費補助など計2千万ユーロ(約24億円)規模の新たな自転車利用促進策、名付けて「Coup de Pouce Vélo(自転車を助けよう)」計画を発表した。この計画は、フランスの自転車利用者連盟 (Fédération des Usagers de la Bicyclette, FUB)と共同で実施され、①使われずに眠っていた自転車の修理・整備にかかる費用を1台あたり最大50ユーロ補助、②自転車を安全に運転するための無料講習の実施(付加価値税分を除き全額政府負担)、③自治体、公共施設、教育機関等による仮設駐輪場の設置にかかる費用を最大60%補助、などが盛り込まれた。特に、①の補助制度は国民に好評で、6月末時点で既に約30万台の自転車が修理・整備されたという。政府はこれを受け、自転車利用促進のための予算規模を当初の2千万ユーロから6千万ユーロ(約72億円)に拡大し、2020年末までに100万台の自転車の修理・整備を行うことを目指している。

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「Coup de Pouce Vélo」の専用ウェブサイト。こちらから最寄りの修理業者や自転車スクールの検索や事前登録ができる。

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スポーツ用品店の前で自転車の修理・点検等を待つ人々(パリ市内)

 また、同省は、「Coup de Pouce Vélo」計画と同時に、自治体が暫定的な自転車専用レーンを整備するため、次のような技術面、制度面また、財政面からの支援を行うことを発表した。

 一つ目は、技術支援である。環境連帯移行省及び国土団結・地方自治体関係省が共同で所管する「リスク・環境・移動・国土整備に関する研究・技術センター」(Centre d'études et d'expertise sur les risques, l'environnement, la mobilité et l'aménagement, CEREMA)は、道路管理責任者向けに自転車道の整備に関する具体的な手法や国内外の優良事例などの様々なファクトシートをオンライン上で配布している。また、2,000を超える地方自治体が加盟し、持続可能な移動手段である自転車の利用を促進するため、自転車利用に関する各種データ収集・分析、国際会議の開催、啓発活動を行う団体「サイクリング可能な都市・地方クラブ(Club des villes et territoires cyclables)」は、環境連帯移行省のエリザベット・ボルヌ大臣(当時)の要請に応じ、地方自治体が円滑に自転車専用レーンの整備を行えるよう技術的サポートを行うことを約束した。

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CEREMAのウェブサイトで紹介されている自転車専用レーンの整備手法の一例

 二つ目は、規制緩和である。今回の暫定的な自転車専用レーン(又は歩道)の整備については、歴史的建造物保護区域等(※)におけるすべての土地利用許可(建設、解体、工事等)に対して通常必要とされる文化財保護建築士(Architectes des Bâtiments de France, ABF)の事前認可を免除し、迅速な整備を可能にした。(※フランスに約35,000あるコミューンのうち、歴史的建造物保護区域等の規制がかかるコミューンは19,722あり、実に半分以上のコミューンが、この規制緩和のメリットを受ける。)

 三つ目は、財政支援である。政府は、道路や公共施設のインフラ整備や再生可能エネルギーの開発等に向けた地方公共投資継続のための交付金(Dotation de soutien à l'investissement local, DSIL)により、十分な財源を持たない地方自治体が暫定的な自転車専用レーンを整備するための費用を支援することとし、5月29日には、自治体のグリーン投資をさらに支援するため、同交付金の10億ユーロ(1,200億円)の増額を決定した。

 政府の取組みに呼応し、地方自治体でも自転車の利用促進を推進している。
 パリ市では、特に混み合う地下鉄の3路線(1、4、13号線)に沿った車道の一部、合わせて50kmを暫定的な自転車専用レーンにした。パリの中心部を東西に横断する有名なリヴォリ通りでは、5月11日以降、バス・タクシー・緊急車両・配送車両等を除く一般車両が全面通行禁止となり、自転車専用レーンが拡幅された。以前はバス・タクシー専用だった1車線をバス・タクシー・緊急車両・配送車両等の混合レーンにして、一般車両用だった中央の1車線を自転車専用レーンに転換、既存の自転車専用レーンであった左車線と合わせ、合計2車線を自転車専用とした。その結果、車両通行禁止前は1日当たり4,500人だったリヴォリ通りの自転車通行者が9,400人に増加したという。

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© Steve Stillman pour Enlarge your Paris
リヴォリ通り整備前の様子。左車線のみが自転車専用だった。

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リヴォリ通り整備後の様子。中央車線が新たに自転車専用となった。

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2車線が自転車専用となり、ゆとりある相互通行が可能になった。

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自転車専用を表す標識。地下鉄をMétropolitainということになぞらえ、自転車専用レーンをVélopolitainと名付けた。(Ⓥ①は、地下鉄の1号線(La Défense方面)に沿うという意味。)

 こうした動きはフランス各地の都市にも広がっており、この暫定的な自転車専用レーンの総延長は1,000キロにも及び、市民から「コロナピスト(ピストはフランス語で走路の意味)」と呼ばれている。
 自転車の利用促進を目指す地方自治体によるアソシアシオン「自転車と地方(Vélo & Territoires)」の調査によると、フランス各地の自転車利用台数は、外出制限解除後の2ヶ月間の週平均(5月11日~7月12日)で見ると、前年同時期の週平均と比較し32%増を記録しており、自転車利用が確実に増えていることが分かる。

 しかし一方で、マルセイユ市やエクサンプロヴァンス市では、自転車専用レーンの設置が自動車の渋滞を招いたとされ、新たに設置した自転車専用レーンが数日後に自動車道路に戻されるなど、すべての地域で順調に進んでいるわけではない。環境連帯移行大臣は、今回、暫定的に整備された自転車専用レーンの恒久化を呼び掛けるとともに、2020年5月をフランスにおける自転車新時代の幕開けとし、毎年5月をサイクリングを祝う月にすること(「Mai à vélo」)を宣言し、2021年より、全ての自転車関連イベントを5月に集中的に開催し、国民の意識醸成と自転車の利用促進を図る予定で、フランスを真の自転車国家として確立する決意を見せている。
 さらに、6月21日に政府に提出された気候市民会議の149の提言には、自転車道整備予算の年間5千万ユーロ(約60億円)から2億ユーロ(約240億円)への増額や環境にやさしい自転車利用の促進などが盛り込まれており、マクロン大統領も提言の実行に向けた今夏の法整備を約束した。
 フランスにおいて、感染防止だけでなく環境保護、健康維持にもつながる自転車の利用が、新型コロナの流行をきっかけに新しい生活スタイルとして一層定着するか、注目される。

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「Mai à vélo」の広報ビジュアル

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イル・ド・フランス州における自転車専用レーンのマップ
(赤線が既存の自転車専用レーン、黄色が暫定的な自転車専用レーン、黒色が計画中の自転車専用レーン)