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パリ事務所(クレア・パリ=CLAIR PARIS)は、日本の地方団体のフランスにおける共同窓口として、1990年10月に設置されました。

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フランス所得税源泉徴収2019年1月いよいよ導入へ

-前年所得課税の現年課税化- 

長いバカンスとともに夏が終わった2018年9月、マクロン大統領の支持率が官邸スタッフの不祥事や閣僚の辞任などが続いたこともあってか、最低水準まで落ち込みました。そんな中、大統領の判断が注目された案件が、2019年1月開始予定とされていた所得税の源泉徴収導入の見直しの是非でした。今回は、世帯単位の所得課税、前年所得課税からの現年課税化でもあるので、フランスの所得税の源泉徴収導入への取組をご紹介します。

フランスの所得税

 フランスの所得税は、税収は776億ユーロ(約10.1兆円(1ユーロ=130円))、課税対象世帯は3,789万世帯でうち課税世帯は1,634万世帯(43.1%)であり。税収は消費課税であるTVAの半分程度です。(2017年)

 前年1月から12月までの所得を対象に給与所得、年金所得や金融所得(2013年から)等を合算して課税する総合課税方式で行われています。納税者が申告を行った上で国税庁に相当する公共財政総局(DGFiP)が決定する賦課課税方式です。2006年からは当局が、収集した所得情報等を記載した記入済み申告書を作成して納税者に提供しています。同様に前年所得課税で賦課課税である日本の個人住民税と類似する点もありますが、日本と異なり、累進課税で、ゼロ税率の0%が適用されるため、課税最低限は、9,807ユーロ(127万円)となっています。所得控除は、日本より簡素で、給与所得の10%が見積もり経費(実額も可)として控除が認められている他、年金控除や各種所得に必要経費の控除が認められている程度です。一方、税額控除については、寄付控除などが認められ、家族政策や住宅政策に関連する税額控除が講じられています。

 申告は例年5月中旬から6月上旬とされ、納付は、年10回の分割前納が一定所得以上の約6割の世帯に義務付けられ、後の4割の世帯は、年3回の分割納付を行っています。

 また、個人課税でなく、1946年から、家族政策の要素も加味して、世帯課税の方式で行われています。これはいわゆるN分N乗方式として有名ですが、まず世帯のうち、成人を1、未成年を0.5(3人目以降から1)とし世帯単位の家族除数を算出し、世帯の控除後所得合計を家族除数で除した所得に累進税率(0%~45%,)が適用され、算出された税額を家族序数で乗じたものが世帯の所得税額となります。

 税率は、2018年では例えば、下の表のようになっています。この方式の場合は、一般に子供が多い世帯の税負担は少なくなり、少子化対策を克服したとされるフランスの政策例としてよく挙げられます。例えば世帯年収42,000ユーロで独身の場合、累進税率0%, 14%, 30%がそれぞれ課され実効税率約16%で税額約6900ユーロとなる一方、夫婦2人子供2人の場合、家族除数が3となり、世帯課税所得が14,000ユーロとなり、累進税率0%,14%のみが課され、実効税率約4%で税額約1,800ユーロとなります。 

 所得ブラケット

源泉徴収導入の経緯

 日本では、所得税は源泉徴収され、個人住民税も特別徴収が進められていますが、フランスではこれまで企業が所得税を取り扱うことはありませんでした。しかし、申告による賦課課税では、手続に時間がかかり、間違いも生じやすく誤申告や課税漏れにもつながるといった問題がありました。また、日本での議論と同様に、所得や就業状況の変化等に適切に対応することも、前年所得課税では難しい面もあります。

 このため、行政手続きの効率化の観点もあわせて、給与・年金所得者に対する所得税の源泉徴収制度の導入が議論され、オランド大統領の決定により、2016年に2018年1月からの導入が決定されました。しかし、昨年就任したマクロン大統領は、源泉徴収導入の企業への影響等を見極めるため、制度の見直し、試行が必要として、2019年1月まで導入を延期することとしました。一方、世論調査では、2/3が源泉徴収の導入に賛成とされていました。 

 源泉徴収による影響については、例えば、現在の10回納付の世帯は、源泉徴収で月々の手取りは増えるといわれます。また、3回納付の世帯では、月々の手取りが減り、消費意欲の減退で景気に悪影響が出るという懸念も出ています。逆に、年3回納付の世帯では先々の納税に備えた貯蓄性向から、30~40億ユーロ(約3900億円~5200億円)が源泉徴収化で消費に回るという指摘を担当大臣などはしています。また、そもそも対象世帯の44%しか納税しておらず、現年課税化による税額の変化はそこまで購買力等に影響するものではないという指摘もあります。

導入される源泉徴収制度の仕組み

 源泉徴収の導入によって、これまでの納税者による納付でなく、雇用者が給与から直接所得税を徴収するようになり、また、前年所得に基づく税額でなく、当該年の所得に応じて税額が徴収されるようになります。具体的には、DGFiPが、原則として直近の年間世帯所得額や家族構成に基づいて、算出した税率を雇用者に通知し、この税率により、雇用者は徴収を行うことになっています。また、出生、結婚等の家族情報の変更があった場合には、納税者のDGFiPへの報告に基づいて、速やかに税率に反映させる予定とされています。このため、雇用者は、従業員の家族構成等のプライバシーを把握する必要はないことになっています。

 しかし、通知された税率から、給与所得以外の他の所得や家族構成、配偶者の所得等が推測できる恐れもあるため、当該企業での所得のみによる税率や家族の所得を含まない税率を納税者が選択し、徴収税額の差は事後的に申告で精算する方式も選択できます。これにより、納税者のプライバシーを守ることもでき、企業も従業員の個人情報に踏み込まなくて良いようにされています。また、源泉徴収といっても、日本のように年末調整が行われるわけではないので、税額控除の適用などについては、申告が必要で、実際には翌年度の9月以降の源泉徴収で適用されることとされています。このため、家族や住宅、寄付金などに関する政策的な税額控除の適用などが減るのではないかといった懸念も示されています。これらについては、いずれにしても最終的には申告が必要となります。

 さらに、2018年課税は2017年所得に対して行われ、2019年1月からは2019年所得に現年課税されることから、2018年所得が課税上、空白の年になります。しかし、基本的には、税を払わないことではないので、実態上違いはないですが、2018年に退職したり、遺産を相続するなどの特別な収入があった場合には、収入の違いが生じるため、こうした所得は2019年に申告をすることとされ、現年課税化で得をすることはないよう設計されています。

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(DGFiP のHPではわかりやすいカレンダーなど各種広報を充実。)

延期?導入?拮抗する議論

8月30日、外遊先のフィンランドでマクロン大統領が、2019年1月からの所得税源泉徴収導入について延期も含めて検討を行うと発言し、大きな議論が起こりました。オランド前大統領という前任者が始めた改革ということや、来年1月の源泉徴収導入は、5月の欧州議会選挙の直前でもあり、企業の負担増や導入時のトラブルは支持率が低下傾向の大統領に更なる打撃となる懸念もあったと言われています。1月の導入に向けては9月半ばでの正式決定が最終判断のリミットだったため、2018年の1年延期後、導入に向け取り組んできた、ジェラルド・ダルマナン行動・公会計大臣やエドゥアール・フィリップ首相は、大統領にきちんと説明するとすぐ反応しました。

この見直しに関する大統領の発言を機に、マクロン政権に対峙する右派共和党から極左、経済界までが、従業員の個人情報、プライアシーが犯されるおそれから、改めて、源泉徴収導入に反対や懸念を示しました。

しかしながら、最終的には、一年の延期の中で、企業を含め、準備が整えられ、政府もPRに大きな労力をはらってきたことから、9月4日には、フィリップ首相が、2019年1月からの予定通りの源泉徴収実施の方針を公表しました。

これから

2019年1月源泉徴収導入の方針を受け、9月16日からは、税務当局から、各雇用者に従業員に適用する税率の通知が始まりました。CLAIRパリ事務所でも2019年1月から源泉徴収が始まります。世論は導入を支持していますが、1月から、スムーズに導入されるのか注目されます。

 日本の個人住民税では、特に税源移譲以来、特別徴収が小規模な事業者でも実施されるよう各自治体の働きかけも広く行われ、特別徴収による徴収率の向上やマイナンバーの活用による電子化など、取組は進んでいると思います。一方、日本でも、例えば、派遣労働者の源泉徴収などを行う派遣会社が派遣労働者の住民税の特別徴収は行わず、各自納付を基本として自社のホームページで公表していることにはやや違和感を覚えるところです。

 (羽白)

 なお、文中の意見は、まったくの私見であることをあらかじめお断りします。(自治実務セミナー2018年11月号同旨掲載)