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パリ事務所(クレア・パリ=CLAIR PARIS)は、日本の地方団体のフランスにおける共同窓口として、1990年10月に設置されました。

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新型コロナウイルスとフランスにおける医療物資の戦略的備蓄(2/3)

新型コロナウイルスに関するフランスにおける医療物資の戦略的備蓄と備蓄戦略に関する政府の管理状況を巡る議論について、公的機関による報道資料および各種メディアによる報道を基に、3回に分けて、取り上げ紹介する。(第2回目)
なお、本稿は2020年5月20時点における情報であることに留意していただきたい。

 前回まで

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(1)フランスの医療分野では誰がどんな役割を持つか
(2)危機管理と戦略的備蓄
(3)新型コロナウイルス禍の直面下における戦略的な備蓄状況
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(4)戦略的備蓄の減少とリスク管理に関する議論

大規模な健康脅威に対する保健システムの整備に関する2007年3月5日の法律は、ウイルス流行危機に対処するための十分な備蓄を構築するという原則を確立した。2009年のH1N1ウイルスはこの動きを加速させ、2009年末、フランス政府の備蓄は、7億2,300万枚のFFP2マスクと約10億枚のサージカルマスクがあった。当時の保健大臣ロズリンヌ・バシュロはインフルエンザ感染拡大に対応するため、これら大量のマスクの他、ワクチン9,400万本を注文。しかし、H1N1ウイルスの影響がフランスで弱まってきたことにより、ウイルス対策に費やした総費用約10億ユーロ(保護マスクの購入だけで1億5000万ユーロと推定)について3億8,200万ユーロが無駄に支出されたと考えられた。 またワクチンの大半は使用されないまま廃棄されたことから、 当時の保健大臣は、役に立たない備蓄に公金を無駄にしたと厳しい批判を受けた。

これを背景として、2011年7月の保健高等評議会が「国によるマスクの備蓄の戦略に関する答申」において、「国のマスクの備蓄はサージカルマスク(国民と医療従事者用)とFFP2 マスク(リスクが高い状況に置かれる医療従事者用)とし、またその管理にあたっては、使用期限を考慮に入れつつ、期限が切れる前に医療機関での平時の医療行為に使用するなどして、定期的に在庫の一部を入れ替え、在庫品の回転を図る」と勧告したことを受け、同年11月2日の閣僚命令は、政府の備蓄の制限と製品の一部に対してより分散的な負担の原則を開始した。マスクも含めて使用期限の切れた医療物資については、常に一定量の在庫を確保し、かつ在庫の入れ替えに当てられる予算額の年度による格差を是正するため、物資の使用期限を考慮に入れた複数年度調達計画に基づき、備蓄量の一部を毎年購入することを決定した(例えば使用期限が5年の物資は、その5分の1を毎年入れ替え)。なお、同時に、保健高等評議会は「マスクの備蓄は緊急事態下におけるマスクの生産能力と調達能力を考慮するべき」と答申していたが、政府はこの点を十分に鑑みてなかったと指摘されている。

また2013年5月には、防衛・国家安全事務総局(SGDSN:Secrétariat général de la défense et de la sécurité nationale が、「重症呼吸器感染症発生時の労働者の保護に関する基本原則」と題する文書において、職場における被雇用者のサージカルマスクとFFP2 マスクの使用の必要性の評価と、それらの備蓄については、各雇用者の判断に委ねられるとの原則を示した。この原則によって、FFP2マスクの備蓄は雇用者である各医療機関により備蓄されるべきで、国の役割ではないと判断され、2013以降、EPRUS(2007年に設立された国の公施設法人で、2016年にフランス公衆衛生庁が設立されるまで国のために医療物資の備蓄を行っていた)が備蓄として管理するマスクはサージカルマスクのみとなった。(「従業員を保護するためのマスク備蓄の妥当性を決定するのは雇用主次第となった」)。

戦略的備蓄の総額

表は2009年から2014年までのEPRUSによる戦略的備蓄の総額を示している。
(上院財政委員会(EPRUS)(単位:百万ユーロ))

 

2015年上院報告書で、備蓄物資に要する経費が2010以降50%減少していることについて警鐘を鳴らしていた。さらに、専門家グループが、2019年に「インフルエンザ・パンデミック対応のための医療物資の備蓄戦略に関する答申」において、公衆衛生庁に対し、医療物資の備蓄を拡充(マスクについては、10億枚への拡充)することを勧告していた。

フランス公衆衛生庁のサイトには、「インフルエンザ・パンデミック対応のための医療物資の備蓄戦略に関する専門家の答申」と題する2019年5月の答申書が掲載されている。それには、サージカルマスクはインフルエンザの症状を呈する者が使用し、また医療現場では病室に入る時はサージカルマスク、また手術や呼吸器感染の恐れのある医療行為にはFFP2 マスクを使用する、ということについて専門家の見解は変わっておらず。パンデミックの発生時のマスクの需要は1世帯当たり50枚入り1箱、人口の30 %が感染した場合は2,000万箱必要、と記されている。

上述の答申にもあるように、政府は新型コロナウイルス感染症が発生してからしばらくは、一般市民によるサージカルマスクの使用は、感染者と感染者の世話をする者については必要であるが、健康な者については不必要であるとの見解を示していた(世界保健機構においても同じ見解であった)。

フィリップ首相は3月13日にも「一般市民でマスクをしなければならないのは感染者と、感染者と接触がある者」とテレビで発言。しかし連帯・保健省保健総局や専門家は数週間前から無症状の感染者が知らないうちに他人を感染させてしまうリスクを避けるためにマスクをする方がよいとの見解を示していたことが発覚した。またフランスと比べて台湾や韓国、日本などのアジアの国で感染者が少ないのは、みんながマスクをしているからではないか、それならマスクをした方がよいのではないかと考える医療関係者が増え、一般市民にもマスクをすることを勧めるようになったため、首相の信憑性が疑われることとなった。

感染が拡大して医療体制の崩壊が危惧される状況となった3月には、医療従事者のマスクやガウンなどの個人防護具や人工呼吸器の深刻な不足(マスクの再利用、ガウンの代わりのごみ袋使用等で対応)が取り沙汰された。それまで政府関係者はマスクの備蓄は十分にあると言い続けてきたが、3月20日には上院での答弁において、ヴェラン連帯・保健大臣が歴代の政府が実施した政策により、備蓄が十分ではないことを明らかにした。そして、これまでに大量のマスクが廃棄されたことや、予算削減に重点を置いた備蓄の考え方が非難の対象になるとともに、「政府は1月からすでに感染が拡大すればマスクの備蓄が足りないであろうことを知っていた」「政府がマスクをする必要はないと言い続けたのは、マスクが不足していることがわかっていたにも関わらず、感染の拡大を正確に予測できずに備蓄の増強を怠っていた」と疑われる事態となり、政府は激しく批判されることとなった。

その後4月7日にはヴェラン連帯・保健大臣が国民議会において、医学アカデミーがマスクの使用を勧めており、学術専門家の意見に従って一般市民にもマスクの使用を推奨、あるいは義務付けると述べた。マクロン大統領も4月13日の演説の際に、国は国民がマスクを入手できるようメール(フランスの基礎自治体であるコミューンの長)と協力すること、また公共交通の利用時など感染のリスクが高まる状況ではマスクの義務的使用が求められることを明らかにした。さらに大統領は、手袋、消毒用エタノールが不足し、マスクの十分な配布ができなかったとして、国による新型コロナウイルス感染症への対応の準備に欠陥があったことを認めた。4月17日の首相と連帯・保健大臣の共同記者会見の際には、中国からの輸入とは別に、一般市民向けのマスクの国内生産が行われていることが発表された。
このように政府の見解が180度転換したことで、国民は政府に更なる不信感を募らせることとなり、政府の対応とこれまでの国の備蓄の問題については、引き続きメディアで取り上げられている。

この危機に対する準備不足によって、政府への論争が引き起こされている。 上下院は事実調査委員会の設置を決定。 大臣の行為に関する苦情の調査を担当する共和国の司法裁判所が招集された。 5月7日時点で、パリ検察庁は健康状態の管理が不十分であるとして32件の苦情を受理している。

医療物資の備蓄に関する課題の認識

フランス政府は、今般の新型コロナウイルスの感染拡大に際し、実際の調整や十分な保証なしに、ただ会計原則のみに基づいてその教義を発展させてきたと批判されている。
ヴェラン連帯・保健大臣が3月20日の上院の答弁の際に述べたように、歴代政府は、中国をはじめとする世界のマスクの量産体制が十分であることから、使用期限が限られたマスクの備蓄は必要ではないと判断し、備蓄量を減らしてきた。しかし当時は、マスクの生産で世界一の中国がフランスより先に感染症に見舞われ、マスクの生産が完全にストップするなどとは、誰も予想し得なかった。

マスク等の医療物資の不足に直面したフランスでは、備蓄の強化よりも、公衆衛生上の緊急事態発生時に確実に医療物資を確保できる体制を構築することの方が優先であるとみなされている。そのためには医療物資を中国等外国の生産に依存せず、フランスから中国に移転された医薬品等の生産を国内回帰するなどして、国内生産を増やし、緊急時であっても確実、迅速に調達できるようにすることを目指すべきであるとの意見が多い。

たとえばコート・ダルモール県では、2018年まで多国籍企業ハネウェルが年間約2億枚のFFP1マスクとFFP2マスクを製造していた。しかしハネウェルが生産をチュニジアに移転したことから工場は閉鎖され、8つの生産ラインの製造機械は全て解体、廃棄された。しかし深刻なFFP2マスクの不足に直面して、マスク製造のノウハウを有する同地域における生産の再開が可能であるか、自治体関係者ら検討を開始した。

(5) 国の措置

防護具や医療機器(人工呼吸器など)の膨大なニーズに直面し、国は、①流通のコントロール、②国内外での大規模購入、③備蓄品と生産品の徴用、④防護具の寄付の呼びかけ、⑤企業に対する提案の呼びかけからなる5つの措置を講じた。

①流通のコントロール
医療物資、特にマスクは、医療システムと医療従事者の保護を目的として、ウイルスの感染が深刻な地域に優先的に配布された。
連帯・保健省は、2020年3月13日のプレスリリースにおいて「この戦略により主に、COVID-19患者を一義的に診察するかかりつけ医、病院、および高齢者や障害者の在宅介護のようなホームヘルプサービスに関わる医療専門家に利益がもたらされる」と説明している。

②国内外での大規模購入
フランス公衆衛生庁長官は、4月15日、国民議会が設置した「Covid-19の流行における影響、管理及び結果に関する委員会」(la Mission d’information sur l’impact, la gestion et les conséquences dans toutes ses dimensions de l’épidémie de Coronavirus Covid-19)において、1月30日以降、連帯・保健省による17の命令に基づき、22億5000万枚のマスクと10,000台の人工呼吸器(7件の発注及び18件の入札)を調達したと述べている。

マスクに関しては、3月3日の国民議会において連帯・保健大臣が、国内の4大マスク製造企業に対して、可能な限り大量のマスクを製造するため週7日・24時間体制での製造を陽性したとされるが、実際には、マスクの大半が中国より調達された。なお、人工呼吸器については、全てフランス企業のAir Liquideに発注されている。

③備蓄と物資の徴用
3月3日、大統領は、法人が保有しているFFP2マスクの在庫全量を徴用するデクレを発した。国内で製造され流通するサージカルマスクやFFP2マスクを5月31日まで国が優先的に徴用し、国の流通戦略に従って医療関係者や患者に配給するための措置であった。

④個人防護具の寄付の呼びかけ
3月、国は、地域保健庁(ARS)を通じて、個人、行政機関、地方自治体、企業に対し、マスク、ガウン、医療用手袋、消毒用ウエットティッシュ、メディカルキャップ、フェイスシールド、医療用シューズカバーやアームカバー、消毒用アルコールジェルなどの寄付を呼び掛けた。

⑤企業に対する提案の呼びかけ

経済・財務省は、既存のマスク製造業者の生産を補完するために、主要な繊維・化粧品業界団体等に、生産の呼びかけを行った。
3月21日付けプレスリリースにおいて同省は、「既に十数社の企業がこの呼びかけに応じ、既存のマスク製造業者の生産を補完する方法が提案され、これらの提案により製造された製品の品質検査が軍備総局(DGA)によって行われている。また、ロレアル、LVMH、オクシタンなどの12社の化粧品企業の協力のもと、消毒用アルコールジェルの増産がなされている。」としている。

また自動車会社のプジョー(PSA)は、上述の国がAir Liquideへ発注した10,000個の人工呼吸器早期供給のため、従業員がボランティアにより人工呼吸器の部品製造に取り組むことができるよう自社の製造ラインを変更した。このプロジェクトにはヴァレオ(Valeo)やシュナイダーエレクトリック(Schneider Electric)もこのプロジェクトに参加している。

続きは、「新型コロナウイルスとフランスにおける医療物資の戦略的備蓄(3/3)